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- 100回聞き【15】「世間の声を聞く」文字起こし
- 人間は本当に面白い
- 噂話から占う方法 ~人は自分が得な方を言う~
- 人間は天の摂理で生きている ~織田信長、豊臣秀吉、徳川家康から見る天の摂理~
- 人間は自分の力で生きてるようだけど、大きい意味でいくとそうでもない
- 人間は変われる ~この辺で自分が変わらないとダメだなぁ~
- 自分の事、相手のことを考えて、天は何をさせようとしてるのか?
- 興味が無いこと自体、あなたの行くべき道じゃない ~人はいろんな道行く人がいる~
- 人生は人の集まり ~人の面白さがわかったとき、人生の面白さがわかる~
- 「人はみんな違う」ことを覚えてると面白い
- 自分の周りの人を研究する ~図抜けた偉い人を研究し、その人より偉くなった人はいない~
- 変えようとするんじゃない。興味を持ってずーっと研究する ~本当に色んな声が聞ける~
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100回聞き【15】「世間の声を聞く」文字起こし
人間は本当に面白い
はい、おはようございます。
今から、少し不意義な話をします。
「人間は面白いんだ」っていう話をします。
で、人間っていうのをこう観察する。
まあ、よく言うんだけど、
この前、この前ってだいぶ前なんだけど、香港行ったりシンガポール行ったときに
街中にこうずーっと座ってる人がいて、日長一日座ってる。
で、インドにも居るらしいんだけど、
そういう人ってなにしてるか?って言うと、
ずーっとだいたい、人間を見てるの。
で、人間っていうのは本当にこう面白いから、
「人間を見てると面白いんだ」っていう話をして。
で、「人間を見てると、なんで面白いんですか?」っていうことなんだけど、
例えば、この前、面白い話があって。
昔から行ってる床屋さんがあって、そこの床屋さん行ったら、
うちのお客さん女性なんだけど、
砂町の方から、まぁ、新小岩に住んでた人が、砂町に引っ越したらしいんだけどね。
それが、砂町に引っ越して、その床屋さんがついてる神社の話をしたらしいんですよ。
そしたらその人が「砂町の、ついてる神社行ったのよ」って。
要するに、その都会のお客さんがね、行ったのよ。
「ああ、そうなんだ」
そしたら、「混んでて、女性客がいっぱい来てて混んでて入れなかったの。だから、帰ってきたんだ」
で、「これどういうことですか?」って。
じゃあ、ついてる神社に行ってないですよね?。
要は、入り口のところまでしか行ってないんだよね。
それで帰ってきたんだよね。
で、これ、話聞くと、なんだか意味分かんないでしょ?
ところが、ここが人の世の面白さなの。
例えば、「私行かなかったのよ」とも言えるんだよね。
でも「行ったのよ」とも言えるんだよね。
だって、お店の前まで行ったんだから「行った」とも言えるけど
入らなかったんだから「行ってない」とも言えるんだよね。
でもその人は、「行ったのよ」っていう言葉を使ったの、ねっ。
とすると、どっちでもいけるのに、
「行ったのよ」という言葉を使ったときっていうのは、
自然の中で「行った」と言ったほうが得だから、
「行った」と言ってるの。ねっ。
そうすると、「ああ、ついてる神社って、多少認知されてきたんだ」ねっ。
で、ついてる神社は、ホントにこう、ホントにジョークで作った神社なんだけど、
最初のうちは「あそこに入ると生きて出られない」とか色んなこと言う人がいて、
そういうとこは、極端なこと言うと、1回か2回しか行ったこと、行ったことある人でも
「行ったことあるって、あーないよ。あんなん、間違えて入ったけど、あたし入ってないもん」
とかって言うかもわかんないんだよ。
噂話から占う方法 ~人は自分が得な方を言う~
で、人間って、学校時代、同級生とか居るじゃない。
同級生がもし出世しちゃって
「アイツ、俺、友達なんだよ」
とかって言ったりするんだよね。
だけど、知り合いだったり、中学校時代友達だったにも関わらず、
「え?知らないよー」
とかって言う人もいるんだよね。
ってこれは、知らないって言ったほうが得だからなの。
もし、総理大臣かなんかになっちゃえば、
一言か二言しか口聞いたこと無くても、
「友だちだ」って言ってくれるかもわからない。
だけど、これが殺人犯かなんかだとすると、
「友だちだ」とは言わないよねって。
で、同じぐらいの付き合いだったとしても、
「いや俺アイツとは付き合いねぇから」とか「よく知らないんだよ」
とかいうことになるよね。
で、「ああ自分のこれも社会的認知を受けてきたなあ」とかっていうのを
それが自然の声で聞こえる。
要するに、噂話とか、そういう噂話から判断して、
すべての現状を当てるという、占いの方法があるの。
で、今それの話をしてるんだけど、本当にそれ自体は面白いの。
だから、「人ってこういう習性があるんだ」
「こういうことをするようになってるんだ」って。
で、そういうのを見てると、いろんな事がわかってくる。
で、「あぁ、なるほどなぁ」。
人間は天の摂理で生きている ~織田信長、豊臣秀吉、徳川家康から見る天の摂理~
例えば、織田信長っているじゃない?
で、秀吉がいて、家康がいる。
そうすると、この織田信長と、秀吉と、家康っていうのをこうやって見てると、
人間の性質だけ見てると「ははー、面白いなぁ」と思うんだけど、
もう1個、人間って人間同士で生きてるようだけど、
天の摂理みたいなのがあって生きてんじゃないか?
例えば、織田信長って、ものすごく危険な目に山ほどあってても死なないの、ねっ。
ホントに死なないんだよね。
すると、こうやって見てると、
「なんでこんなに滅茶苦茶な男に天が味方するんだろう?」って言うけど、
戦国乱世が100年も続くと、
もうそろそろ今度は、平和な時代にしなきゃいけない。
そうすると、今までの既得権持ってる、
まぁ、こう言うとおかしいけど、もうグチャグチャグチャグチャ、もう家みたいなの建っちゃってて、
ここを整理しようと思ったときに、ホントにブルドーザー、グァーって持ってきて、
地ならししてとかっていう、
荒々しい、そのなんていうの、土木工事みたいなのやんなきゃなんないって。
で、それをやってるうちは生きてたの。
で、それが8割方終わって、今度は建築、
要するに、破壊から建築という形になったら、
信長が天の意向からちょっと外れちゃったから、ねっ。
味方かなんかに取り囲まれてパッと殺されちゃったの。
あれが、もっと前だったら、なんとかいち早く察知して、
闇夜の中を逃げてとかっていって、逃げ切っちゃったりするの。
過去そういう、もっと危険な目に合ってるの。
だけど、あのときは逃げきれなかったの、ねっ。
それで、信長はコロッと死んじゃったの。
そしたら、その後に、土木建築だとかそういうことが大好きな人間が、
日本という国を、秀吉みたいなのがどんどんどんどん作ったの。
だけど、家って大工さんが立派な家を作っても、
大工さんが住むんじゃないよね、ねっ。
ちゃんとそこに入る人っているじゃない。
で、そういう人が長く住むんだよね。
それと同じように、秀吉が一代かかって作ったんだけど、
子供の代になったらコロっと負けちゃって、
家康みたいなのが出てきたときに、
家康みたいな方が、長い戦があった後は、ああいうなんていうの、商屋のオヤジみたいにのんびりしたタイプというか、ねっ。
そういう、秀吉ってのは土建屋のオヤジみたいな所があるから、
で、諸事にぎやかでやってたけど、
戦の後はそういうなんつうの、
まぁ、秀吉さんっていうのは、ワーワーって稼いで、派手に飲み食いして、姉ちゃんにチップやってっていうタイプなんだけど、
その次の、家康みたいなタイプの方が、主人としてはいいんだよね。
人間は自分の力で生きてるようだけど、大きい意味でいくとそうでもない
そうすると、変わった性質というのもあって、
人間というのは自分の力で生きてるようだけど、
大きい意味でいくとそうでもないこともあるの。
だから、人間をずーっと観察してると
「人間ってすごい面白いんだ」
「こういうとき、こういうことするんだ」とか、
「あー、こういうときこうなのか」
ってわかると、揉め事も起きないし、商売もうまく行くし。
人間は変われる ~この辺で自分が変わらないとダメだなぁ~
あと、天の摂理っていうのがあって、
ホントは信長も、残虐非道であそこまで来ちゃったけど、
もう天下の8割くらい取ったときは、自分がファッと脱皮してね、ねっ。
芋虫だって蝶に変わったりね、毛虫だって蝶に変わるんだから、
いい加減まで来たときに、すごく優しくなって、
そうすると、「あ、あれは天下を統一するために、ここまでだからやってきたんだ」って。
だから、あそこら辺まで来た時は、もう人情をかけてあげて、すると、
だから、ホントに秀吉型に、ホントはなればよかったの。
で、天下を統一した後は、ホントは家康型になればいいんだよ。
だから、人間って本当は変われるんだよ。
で「この辺で、自分が変わらないとダメだなぁ」って。
で、16、7で暴走族やってたってそれはいいけど、
「30になってやってたらマズイだろ」っていうのはあるじゃない。
やっぱし適当に変わっていかなかったら、
社会から落伍しちゃうのと同じようにね。
だから、街の今、暴走族だとかそういうのは「なれ」って言ってるんじゃないんだよ。
もうなっちゃてた人も、若いときは許されるけど、
ある程度年取ってきたら、そうも行かないだろうみたいな。
だから、それと、脱皮してかなかったらいけないし、
大きく言って、信長だって、秀吉だって脱皮していかないとダメなんだなぁって。
だから、自分もそろそろ人格的にこういう風に脱皮していこうみたいに、
良くなっていこう。
だんだん良くなって、「愛」を実践出来るようにしてこう、
みたいな人間になっていかないと、こう苦しくなっちゃうんだなあって。
それを人間を観察してるとわかるんだよ。
で、天を観察してるとわかるんだよ、ねっ。
そうすると、そういうことが分かってくると、
チラッと床屋さんで聞いた話、
チラッと何かした話の中から、いろんな事を分析できて、
で、これは、実は占いというより、分析学なんだよ。
自分の事、相手のことを考えて、天は何をさせようとしてるのか?
で、自分の事を考えて、相手の事を考えて、
天は何をさせようとしてるのか?
って、ジーっとこうやって考えてると、いろんなことがわかる。
そうすると、本当にこうやって考えてるとね、面白くてね。
だから、このテープを100回聞いてくださいって、私言わないんです。
今、100回聞いてくださいシリーズずーっと録ってる合間にこんな話するのはおかしいんだけど、
これは好きな人は100回聞いてください。
興味が無いこと自体、あなたの行くべき道じゃない ~人はいろんな道行く人がいる~
で、こういう話に全然興味のない人っていうのは、
興味が無いこと自体があなたの行くべき道じゃないから。
人っていろんな道行く人がいるからね。
全然いかなくたっていいですよ。
これはもう、超高度な話なの。超高度な話だからね。
別にそんなのは興味ありませんって人は、無くても生きていけるの。
人生は人の集まり ~人の面白さがわかったとき、人生の面白さがわかる~
だけど、ひとたび、こういうことに興味を持つと、
人とはかくも面白く、
で、人の面白さがわかると「人生って面白いね~」って。
で、人生が面白くない人は、人をよく観察してないんだよ。
だって、人生って人の集まりなんだよ。
人の面白さがわかったとき、人生の面白さがわかる。
「人はみんな違う」ことを覚えてると面白い
たまにね、人の面白さをわかるために、
「もし、もし1品だけ酒のツマミをとるとしたら何をとる?」って聞くとね、
人って面白いの。
「マグロ」って言う人もいるし、
「ごぼう巻き」って言う人もいるの。
「納豆オムレツ」って、
万人全部違うの。
で、「人って違うんだ」
っていうことを覚えてると面白いの。
「もし、おかず一個だけ取るとすると、おかず一個だけだとすると何がいい?」
って、「おかず一個だけだ」って、10回くらい言ってるのに、
「私、アレとアレとアレと、、、」とか、人の話聞いてない人とか、実に色んな人がいて。
だから、「一個だよ」っつってんのに
「それじゃあアレとアレにしようかな」
とかって、まだ2つ言ってる人とか。
ホントにね、人ってね、面白いの。
「ははぁー」って。
で、そういうことで、人のことをよーく観察する。
そうするとね、面白いんだよ。
自分の周りの人を研究する ~図抜けた偉い人を研究し、その人より偉くなった人はいない~
で、意外と人っていうのはね、
図抜けた、例えば、ベートーヴェンに興味持つ人とか
織田信長に持つ人とか色々いるけれど、
あまり図抜けて偉い人のことをなんぼ研究しようがね、
森鴎外研究しようが、あまりに森鴎外になった人とか、
森鴎外より偉くなった人とか、そういうのもいないの。
それより、自分の周りの人に興味を持ってごらん。
で、周りの人を研究してみると、ものすごく面白いの。
変えようとするんじゃない。興味を持ってずーっと研究する ~本当に色んな声が聞ける~
で、変えようとするんじゃないんだよ。
興味を持ってずーっと研究する。
「あーそんなもんか、あーそうなのか」
っていうことがわかってくるの。ねっ。
で、そんなことがわかってきたとき、本当にいろんな声が聞けるの。
で、これが「世間の声を聞く」。
これの1回前に、「天の声を聞く」ってテープを入れたのね。
で、これは「天の声を聞く」んじゃなくて、「世間の声」、「地上の声」だな。
声を聞く。
そのうち気が向いたら、「大地の声を聞く」っていうのも入れようと思うんだけど。
今日は、「世間の声を聞く」っていう話でーす。
どうもありがとうございます。
気が向いたら100回聞いてください。
ありがとう。
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